外科侵襲学 ことはじめ

外科侵襲学 ことはじめ
著 者
著 三村 芳和(東京大学医学部附属病院手術部 准教授)
発行年
2009年7月
分 類
外科学一般
仕 様
B5判 576頁 196図 18表
定 価
(本体19,000円+税)
ISBN
978-4-8159-1842-2
特 色
 5億年という長久の時間と経験の蓄積から,生物はケガや環境の変化という非常事態に対する生体反応を構築してきた。その珠玉の遺物でともいうべき適応機構によってヒトは,ケガという侵襲にシステム化した適応戦術を身につけた.それはほぼ完璧ともいえるほどの反応システムである.  本書は,ケガの一つといえる手術という侵襲と,手術によって損傷されたカラダの反応システムを,第I部(通読編)では外科侵襲領域の全体像について概説,そして第II部(具体編)では生体反応の個々のテーマにそって詳しく解説している.“ことはじめ”とあるが,最新の高度な内容が,欄外のインデックスと親しみやすい見出しによって,理解しやすく述べられている.  外科系臨床医だけでなく,医学を志す方々,また医学に興味あるすべての方々にぜひお手元においていただきたい著者渾身の大著である.

■ 序 文

まえがき
 ………天災は忘れた頃にやってくる………
 人のカラダはいつ何どき、どの場所をケガするとも限らない。宿主の変調に乗じて微生物はそのキズ口から侵入を企てる。不意の襲来に、カラダは実に整然と対処する。異変を感知するセンサーをカラダ中に隈なく配備し、受傷部位にたまたま居合わせた「者」たちが適切に対処する。だれがどの場面でどのような役回りをするか、「場」を読み時宜を得て淡々と持ち分をこなす。遙かに多くの役者が登場し、多くの約束ゴトに基づいて行動する。壮大な無駄と気まぐれさ、呑気さも一方でもち合わせている。
 局所の反応だけでは終わらない。同時にカラダはひとつのキズを修復するのに全知全能で対処する。全身の生体反応を総動員する。脳がキズの程度を知り、すべてを差配する。神経を駆使し、ホルモンを操り、そして免疫という役者たちを立ち回らせる。それも細胞どうしの調和を保ちながら全一性をもって。こうしたカラダのしくみ、生物反応は実に巧妙で工芸のようだ。その種明かしに研究者は没頭する。本書はその物語である。秩序ある美しいカラダのしくみを紹介する。
 ケガをしたときのカラダの反応をつぶさに観察していくと、生命体は種を越えて共通したシステムを築いている点に気付く。それもそのハズ。ケガや環境の変化という非常事態に生物は長い歴史のうえで数多の経験を積んで学習してきた。それこそ、35億年という遙かに気の遠くなるような長久の時間をかけて生体反応を構築してきた。ここ6億年間だけでも生物は5回もの大絶滅事件を経験した。絶滅の度に辛うじて生き延びた「者」のなかから100万年の時を経て新しい種が突出し繁栄してきた。地球単位の環境の変化に忽然と適応機構を身に付けてきたのである。その機構はやがてヒトに継承された。その珠玉の遺物によってヒトはケガという侵襲にシステム化した適応戦術を身につけた。ほぼ完璧ともいえるほどの反応システムを備えた(と思う)。
 手術はケガでも特別である。多くは日時と場所を決め「受傷」する。それも無菌を目指した清潔環境で。そういう条件はあるものの、カラダが損壊するという点で手術は矢張りケガのひとつである。
 本書の構成を二部とした。第一部では手術というケガをしたときの反応をかいつまんでまとめた。通読すれば外科侵襲領域の全体像がわかるはずだ。第二部では生体反応の個々のテーマについて詳しく解説した。新しい話題を盛り込むように心がけた。それもNatureやScienceといった一流の雑誌からなるべく引用するようにした。
 個人的なことである。日本外科代謝栄養学会の事務局を教室の先達から引き継いで11年。その任を全うし、この学問領域で筆者ができることはナニか。そう考えてみた……。そして、外科侵襲学という分野を体系化することを分に不相応にも思い立った。ちょうど6年前。膨大な資料に埋もれ日の目を見ることが薄れることもあった。その度に悠揚不迫。同級生の横澤保くんに勇気づけられること暫し。そして校書掃塵。塵を掃うが如く隈なく校正。でもマチガイはあるもので、意に適わず修正と再校の繰り返し。本書を上梓するにあたり、深く感謝申し上げます。
 平成21年7月吉日

■ 主要目次

通 読 編[ I ]

CHAPTER 1 手術後のからだの反応

 生身のからだ
 2人のガードマン
 脳は察知する
 情動の変化
 遠くへ波及する
 虚血・再灌流傷害
 血管内皮が傷害される
 組織は低酸素となる
 はやし立てる腸管
 腸管が動かなくなる
 腸管筋層で炎があがる
 遠く離れた臓器に傷害
 必殺技
 自然免疫のトピックス
 粘膜の共同戦線
 腸内共生菌の貢献
 天然の抗生物質
 低酸素にめげない
 転写因子HIF-1α
 たくさん食べて
 まとめ

CHAPTER 2 からだの知恵

 1 火の手があがる
 2 脳はちゃんと知っている
 3 白血球が動く
 4 血液が固まる
 5 七つ道具
 6 熱の出方がなぜちがう
 7 腸管を見直す
 8 すべては蛋白質
 9 糖が燃える
 10 もっと酸素を
 11 周りに迷惑をかけずにお先にご免
 12 全身に拡がる



具 体 編[ II ]

CHAPTER 1 火の手があがる

 1 すべては破壊から
 2 2人のガードマン
 3 イタイと悲鳴をあげる
 4 兵糧路をつくる
 5 鎮火して修復へ


CHAPTER 2 脳はちゃんと知っている

 1 シックネス症候群
 2 脳へシグナルを送る
 3 ちょっと待った—血液脳関門が拒む
 4 ちがいがわかる
 5 迷走神経がひと役
 6 脳と免疫系とのただならぬ関係


CHAPTER 3 白血球が動く

 1 足場をつくる
 2 境界を越えて
 3 単なる「糊」でない接着分子
 4 惹かれて引かれる
 5 リンパ球の長い長〜い旅
 6 いつまでも忘れない


CHAPTER 4 血液が固まる

 1 血小板凝集は細胞接着だ
 2 血液凝固のカスケード
 3 凝固と炎症の要—トロンビン
 4 トロンビンに対抗する
 5 手術により血栓性へ
 6 アスピリン物語
 7 深部静脈血栓症


CHAPTER 5 七つ道具

 1 パターンを知る—ショウジョウバエから学ぶ
 2 天然の抗生物質
 3 食べて粉々にする
 4 元気印—好中球
 5 補体で溶かす
 6 活性酸素を浴びせる
 7 抗体でコーティング

CHAPTER 6 熱の出方がなぜちがう

 1 免疫反応のちがい
 2 ちがいがわかる
 3 抗原を認識する
 4 2つ目の抗原受容体
 5 遺伝子が動く—抗体の多様性
 6 細胞もろともやっつける
 7 遺伝子多型


CHAPTER 7 腸管を見直す

 1 腸管は炎症増幅器
 2 細菌がうじゃうじゃ
 3 免疫細胞の宝庫
 4 ともに協力して
 5 侵入のテクニック
 6 腸管をスリ抜ける


CHAPTER 8 すべては蛋白質

 1 「蛋白質をつくれ」という侵襲信号
 2 ヒトとチンパンジー、どこがちがう
 3 「1つの遺伝子は1つの蛋白質」のまちがい
 4 蛋白質製造工場—リボソーム
 5 正しく折る
 6 適切な場所に運ぶ
 7 印をつけて壊す


CHAPTER 9 糖が燃える

 1 手術後のエネルギー消費量
 2 電子を求引する酸素
 3 ATPに蓄える
 4 酸素を呼吸する
 5 避けられない活性酸素
 6 外科手術と活性酸素


CHAPTER 10 もっと酸素を

 1 創傷治癒にどのくらいの酸素が必要か
 2 ナゼ、術後に低酸素症となるのか
 3 細胞はどうやって低酸素であることを知るのか
 4 低酸素に対抗するHIF-1
 5 HIF-1のはたらき2つ
 6 酸化ストレスに系統だって立ち向かう
 7 「酸化」に立ち向かう役者たち


CHAPTER 11 周りに迷惑をかけずにお先にご免

 1 葉が落ちる
 2 アポトーシス五原則
 3 アポトーシスのメカニズム
 4 決まった場所を切る
 5 ミトコンドリアの膜間に潜む
 6 ウィルス感染した細胞をやっつける
 7 安全装置
 8 わたしを食べて
 9 そっと死んでいく


CHAPTER 12 全身に拡がる

 1 小火から大火へ
 2 よりシンプルに
 3 燃え拡がる
 4 SIRSの犯人捜し
 5 おもな役者
 6 空気を読むサイトカイン
 7 バランスが肝腎


略語一覧


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