職業アレルギー


−新しいアレルギー診療と社会医学の原点−


著 者
編集
中村  晋(大分大学 前教授)
荒記 俊一(東京大学 名誉教授,独立行政法人労働者健康福祉機構埼玉産業保健推進センター 所長)
宇佐神 篤(東海花粉症研究所 所長,うさみクリニック 副院長)
発行年
2011年9月
分 類
アレルギー
仕 様
B5判・270頁・31図・写真160点・32表
定 価
(本体 6,600円+税)
ISBN
978-4-8159-1889-7
特 色 
 職業アレルギー(職場環境中に存在する感作性物質が抗原となってアレルギー疾患が惹起されること)を,アレルギー診療,産業保健・社会医学,の両面からアプローチすることで,その認識を新たにし,アレルギー全般の予防と治療のあるべき姿を示す.
 職業アレルギーについては,医療従事者においてその認識は十分とは言いがたく,アレルギー専門医でもこれに関心をもつ医師は多くない.医学書でも職業アレルギーを特殊例として扱っているものが目立ち,アレルギー学会のガイドラインでは職場環境中の感作性物質の本格的な指針を示すまでに至っていない.さらに労働基準法の「業務上疾病の分類表」には未だアレルギー疾患と感作性物質の用語がなく,医学の進歩を無視した労働法の体系になっている.
 本書は,この領域で治療と研究をされている方々を中心に執筆を依頼し,新たな症例を加え,産業保健を中心に社会医学の研究者にも参加いただき,将来,職業アレルギーのガイドラインを考える際の礎石となるよう,そして読者と専門家の方々にアレルギー全般の予防と治療のあるべき姿を示すものである.

● 巻 頭 言 ●

￿ 多くの人が生涯を展望する際の最大の関心事に就学,就職,結婚,健康そして加齢の5つがある.これらの何れもが円滑に運ぶとき1人1人の幸せがもたらされることになる.この中で就職難と就職後の早期退職が大きな社会問題となってきた昨今,各人が選んだ職業が健康障害の原因とならないために職業病についても就学,就職の段階から知識を与え,認識させることが必要である.
 職場で発生する疾病については古く18世紀初頭のRamazzini以来3世紀に亘る科学的知見の積み重ねがあり,18世紀後半から19世紀初めの産業革命による第一次産業から第二次産業への産業形態の変革により職業病として塵肺症,鉛中毒,職業癌などが産業医学と産業衛生学の研究者の注目の的となり行政的対応が進められてきた.しかしアレルギーについてはその概念が確立したのはその後20世紀初頭ウィーンのPirquet以来のことであって,日常生活や職場環境中に多数の感作性物質が存在し,アレルギー疾患を起こすことが明らかになった.今日,代表的な原因抗原として家塵,花粉,真菌,職場の化学物質などがあることは周知の通りである.

 この中で職業アレルギー,即ち職場環境中に存在する感作性物質が抗原となってアレルギー疾患が惹起されることへの認識は充分とは云い難い.臨床家の中にも,またアレルギー専門医でもこれに関心をもつ医師は多くない.医学書でも職業アレルギーを特殊例として扱っているものが目立ち,アレルギー学会のガイドラインでは職場環境中の感作性物質の本格的な指針を示すまでに至っていない.
 さらに労働基準法の「業務上疾病の分類表」には未だアレルギー疾患と感作性物質の用語がなく,医学の進歩を無視した労働法の体系になっている.

 職業アレルギーは従業者が,職場内に存在する感作性物質(抗原)への曝露を繰り返すうちに,一定の免疫応答期準期間を経て感作が成立し,その物質に対して特異性を有する過敏反応としてアレルギー症状を発現するに至る.この点アレルギーの発現機序と免疫学的プロセスが最も明確に示される過敏症である.したがって職業アレルギーは単一抗原によるアレルギー疾患の唯一で貴重な人体モデルと言える.われわれは本症の研究を通してアレルギー疾患の機構の解析に貢献できるとともに1つの原因抗原に対して臨床と予防医学の場で如何に対応すべきかについて貴重な指針を得ることができる.また一般のアレルギー疾患に比べ生体における抗原への感作過程を格段に明確に把握できるので,このプロセスを遮断することによって効果的な予防ならびに治療が可能となる.
 この20数年来,まず海外でそしてわが国でもこれに追従する形でアレルギー診療の現場で肺生理学の研究者からの提言により炎症の観点からステロイド剤の使用が,first choiceとして導入され,これを際限なく継続することで症状管理をする方針が学会ガイドラインでも示され,原因の抗原と抗体への対応が蔑ろにされている.この方法では抗原の除去回避のみで症状ゼロの状態が期待できる職業アレルギーやそばアレルギーなどまでも慢性難治性喘息等と誤診され,ステロイド剤の網をかけられてしまう懸念がある.
 1996年にわが国でも診療科としてアレルギー科が誕生して15年が経ち,すべてのアレルギー患者が最も有効なアレルギー診療を求めている現在,臨床家は最高の内容のアレルギー医療を提供すべきであり,抗原〜抗体を中軸に据えた治療方針で取り組む必要がある.この意味で職業アレルギーをアレルギー診療のモデルと位置づけ,すべての臨床家がアレルギー診療を再考する基盤となる書を本書により提供できたら幸いと考える.
 一方産業保健,さらには労働安全衛生と補償行政という社会医学の領域では,産業革命以来あらゆる対応は大企業と大工場中心に進められて来た.このためアレルギーについてはRamazzini時代から記載がある綿肺症,気管支喘息,蕁麻疹というよりは大きな工場で扱われる米杉,イソシアネート類や金属による若干のもの,しかもアレルギーの病型からすれば少なからず疑義あるものに限られている.これに対して即時型アレルギーをもたらすものの殆どは発生が中小〜零細企業であることから労働行政と農林水産行政等のたて割行政の狭間で十分に対応されないまま現在に至っており,問題の山積する分野である.したがってこれらの領域の方々にはぜひ認識を新たにし速かに行政に反映され,働く人々の疾病の予防と健康増進への努力を望みたいと考える.
 このような中で今般,永井書店から本書の出版打診があり,この20数年間本格的な職業アレルギー書の出版が皆無であったことから実現を図るべく編集をお引き受けした.そこでこれまでにこの領域で治療と研究に直接手を染められた方々を中心に執筆をお願いし,新たな症例を加え産業保健を中心に社会医学の研究者も加えて将来,職業アレルギーのガイドラインを考える際の礎石とするべく本書をまとめた次第である.本書ではこれまでの文献と関連業績を綜括し編集をした上で読者と専門家の方々にアレルギー全般の予防と治療のあるべき姿を示した積りである.またこれまで中毒学的観点に固執してアレルギーの配慮に欠ける傾向がある労働行政や欧米で問題になった本態性多種化学物質過敏症(MSC)や日本独自の化学物質過敏症への対応に問題がみられる.厚生行政に対し,新たな行政活動への出発点となれば幸いである.

■ 主要目次

I.総   説

1.職業アレルギーの定義と位置づけ
2.職業アレルギーの沿革
 I.アレルギー概念確立に至る経緯
 II.職業アレルギー研究の黎明期
 III.職業アレルギー研究の進展
3.職業アレルギーの症状(病態生理を含めて)
 1 職業性喘息
 2 職業性鼻・眼アレルギーの症状と病態生理
 3 職業性過敏性肺(臓)炎
 4 職業性皮膚アレルギー
4.アレルギー反応の型と特徴
 I.I型反応
 II.II型反応
 III.II型反応
 IV.IV型反応
 1 職業性喘息
 2 職業性アレルギー性鼻炎
 3 職業性過敏性肺臓炎
 4 職業性皮膚アレルギー
5.病 理
 1 職業性喘息
 2 職業性鼻アレルギー
 3 職業性過敏性肺臓炎
 4 職業性皮膚アレルギー
6.診断のためのアレルギー学的手技
 1 問診
 2 一般臨床検査
 3 アレルギー学的検査法(診断確定法)

II.症例紹介

●わが国の職業性喘息一覧表
1.A群:植物性の微細粉塵を抗原とするもの
 1 こんにゃく喘息
 2 職業性そばアレルギー
 3 動物飼育飼料による気管支喘息
 4 米杉喘息
 5 タラッペ(タラの芽)アレルギー
2.B群:動物の体成分あるいは排泄物を抗原とするもの
 1 養蚕業者の喘息
 2 絹喘息
 3 ホヤ喘息
 4 養鶏業者のヒヨコ喘息
 5 実験小動物毛アレルギー
3.C群:花粉・胞子・菌糸を抗原とするもの
 1 バラ花粉症
 2 職業性ぶたくさ花粉症
 3 菊花による花粉症
 4 ピーマン花粉喘息
 5 カラムシ花粉症
 6 トマト花粉喘息
 7 しいたけ胞子喘息
 8 ひかげのかずら胞子喘息
 9 トリコフィトンの職業性曝露による気道アレルギー
4. D1群:薬剤・食品等によるもの
 1 パンクレアチンアレルギー
 2 INH;isoniazid(抗結核薬)
 3 ローヤルゼリー
5. D2群:金属・化学物質によるもの
 1 セメント喘息(クロムによる)
 2 超硬合金による呼吸器病変
 3 イソシアネート類(TDI,MDI,HDI)による喘息
 [イソシアネートによるアナフィラキシー]
6. 過敏性肺臓炎
 1 椎茸栽培者肺
 2 農夫肺
 3 Aspergillus過敏性肺炎
7. 職業性鼻・眼アレルギー
8. 職業性皮膚アレルギー
特論. 感作性化学物質の分類
I. 諸外国の感作性分類基準(動物実験の扱いについて)
II. 新感作性分類基準(動物実験の扱い)
III. 今後の方向性

III. 予防と治療

1. 予防・抗原除去回避
2. 減感作療法
3. 非特異的療法(免疫療法)
4. 対症薬物療法

IV.社会医学的対応

総説 職業アレルギーの法整備,疫学データ,化学物質過敏症との異同をめぐる問題
I. ラマツィーニから今日へ
II. 日本の職業アレルギーの発生事例と病像
III. 法整備上の問題
IV. 化学物質過敏症をめぐる問題
   —アレルギー,本態性多種化学物質過敏状態(MCS),本態性環境不耐症(IEI)との異同
1. 職業アレルギーへの法的対応
2. 従業員の疫学調査
 I. 職業アレルギーの概念
 II. 職業アレルギー調査の要件と項目
 III. 職業アレルギー調査の解析と評価
 1 こんにゃく喘息の疫学調査と対応の効果
 2 ホヤ喘息の疫学調査と対応の効果
 3 椎茸取扱い作業者の疫学調査
 4 ビニールハウス栽培者の疫学調査—ハウスミョウガ栽培従事者にみられたアレルギー
 5 蜂アレルギーの疫学調査と対応
 6 元クロム作業者のT細胞分画とNK細胞分画の減少—喫煙との拮抗作用を含む
3. 社会医学からみた今後の課題—化学物質過敏症を含む—
 I. 職業アレルギーの現状
 II. 化学物質過敏症をめぐる問題
 III. 職業アレルギーの課題


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