改訂第2版序文  

 本書の初版は2000年10月に上梓された.それまでわが国には,重症外傷の救急初療に関して体系的にまとめられた成書がなかった.したがって,暗闇の中で手探りしながら重症外傷の救急初療にあたっていたというのが多くの施設における実情であったろう.私自身,本格的に救急医療にかかわるようになってからの最初の10年間はそのような有様だった.このような自分たち自身の経験から,「こんな成書があればなあ....」と思い続けていたのが本書出版の動機だった.そのような思いを共有する医師は少なく無かったのだろう.本書の初版は発売とともに大好評を頂いた.スタンダードの存在しなかったわが国の外傷救急医療の現場に少なからぬ貢献ができたのではないかと自負している.  
  しかしこのような状況は2003年のJATEC(Japan advanced trauma evaluation and care)の登場によって一変した.日本外傷学会が作成し日本救急医学会が普及を推進する外傷初期診療標準化コースJATECの誕生とその急速な普及は,わが国の外傷救急診療の標準化を着実にかつ急速に拡大しつつある.関連学会における症例報告などでも,とりあえずJATECに準拠して救急診療が行われたことを前提とした質疑が行われるようになった.JATECは既に外傷救急診療に携わる医師の共通言語になったといっても過言ではない.  
  このような急激な進歩の中で,本書「実践外傷初療学」の位置づけは何か,存在意義はどこにあるのかを確認しておきたい.  
  JATECコースはわが国のスタンダードである.したがってそのコーステキストである「外傷初期診療ガイドライン(へるす出版,日本外傷学会外傷研修コース開発委員会)」の記載内容は,高いレベルのエビデンスあるいはコンセンサスカンファレンスで合意の絵垂れた内容に限られている.インストラクターがコースで経験論や我流を指導することは許されないのである.  
  しかしながら生死の懸かった実際の重症外傷の診療場面では,エビデンスだけでは乗り切れない場面も少なくない.   本書では,エビデンスやコンセンサスだけではカバーし切れない部分についても網羅されている.これらの部分については百戦錬磨のベテラン救急医の諸氏に「私はこうしている」という経験論を存分に披瀝して頂いた.編集のスタンスとしてはいささか時代に逆行しているのかも知れない.しかし現実の救急診療の場面では,こういうノウハウに助けられることが少なくないのである.  
  当然のことであるが,今回の改訂に当たり,JATECでの指導内容と矛盾がないよう整合をはかった.  
  JATECでしっかりと骨格を学び,それに血肉をつけるつもりで本書を学んで頂ければ幸いである.  

2005年3月